大浦信行のモンタージュ

四谷で大浦信行の映画を日本観た。
大浦信行は、美術家として荒川修作の助手としてNYに暮らしていた。その時に自画像を描こうと描いたのが「遠近を抱えて」と題した版画群である。昭和天皇の写真が、様々なイコンとごちゃませに配置されている。入れ墨した女体、原爆のキノコ雲、魚、ルネッサンス時代の絵、ありとあらゆるものの中に、昭和天皇というイコンがコラージュされ、見え隠れしている。大浦氏はあくまで自画像として提出したということだ。だが、富山近代美術館では売却され、図録470冊が焼却処分された。
この事件によって、目覚めたと大浦はいう。そして「日本心中」という映画にたどりついたという。
どういう経緯なのかは不明だが、よりアクチャルな表現手段として映画にたどり着いたようだ。「版画だと、自分一人の考えだけで進んでそこで解決したりするじゃないですか。でも、映画は複数の人が関わる分、同じ複製芸術でも自分の考えが、作る課程で鍛えられていくように思います。」
この映画は、針生一郎という美術批評家が書斎で、喫茶店で、韓国の旅路で、ほとんど独り語り(モノローグ)で戦後の美術、思想について語っている。その語りの前後に、針生一郎の韓国を旅する姿、韓国の街角の風景、そして話と関連性のない、大野一雄の舞踏、全裸で刺青を入れ込んでもらう女性、役者の少年少女の不思議な対話が挿入されていく。
この作品のカメラは、辻智彦さん。この方は、若松孝二監督の「十七歳の風景」、イアンケルコフ「シャボン玉エレジー」を撮影、編集もなさっています。辻さんのカメラがこの映画の魅力を引き出していると思った。まったく関連性のない描写なのだが、引き込まれてしまう画面構成を観ながら、針生一郎の留まることのない独り語りに耳を傾ける。一見すると無制限な構成だが、上記のシーンだけでなく現代美術の重要な作家へのインタビューが出てくることによって、日本美術、アジアの美術へと話は導かれていく。
 たとえば韓国の光州事で捕まった美術家が水攻めの拷問を受け、出所後描いた作品は素朴な絵画だが宗教画のような絵だった。「水攻めされる自分はもう人間としての意識が欠落してくる、水攻めしている若い警察の顔も、人間の顔ではなかった。」ある種の達観した意識が彼の絵を描かせているようだった。
この映画は、大浦氏の独特な世界の解釈によって招かれた、時間と空間(全身に刺青を入れ続ける美女、不思議な対話を続ける少年少女と中年の男女、大野一雄、天皇のコラージュ画・・)のなかにアジア、韓国、日本、美術、天皇・・・・様々なイメージが想起され、針生一郎語りのようにダンディに、時には眠気を誘い、時にはエロティックにうねり続けている。

針生一郎について(制作ノート抜粋)
戦前は「日本ロマン派」の保田輿重郎(民族主義の色合いが濃く、復古主義的であった。日本帝国主義のアジア侵略における思想的支柱として援用されもした。)に心酔した。戦後はベンヤミンへの傾倒のもと、ダダイズム、シュールレアリズムの理論を手がかりに、権力が造り上げた構造的暴力としての「生者の歴史」ではない、もう一つの「神話性」と「古代性」、「呪術性」に裏打ちされた民衆のエネルギーの結集によって造り上げられる歴史の概念による、横の拡がりをもった「死者の歴史」の視点に立って、この日本社会の制度を変革しようと試みている。戦後は天皇を維持している体制も批判している。現在81歳

制作意図(制作ノートから抜粋)
このドキュメンタリーは、近代日本の闇と夢を体内に宿しながら、「増殖」と「生成」を繰り返し、未来に向かって新たな地平を切り開いていく「言霊」としての「血の色をした針生一郎」を通しての「触覚日本論」である。(大浦信行)

この映画は、大浦氏の針生一郎の言葉への直接行動(規範・制度を無視して、自己の意思を直ちに達しようとする行動・・革命を志す行為とも言えるだろう)だと思う。現代美術への危機感と、針生氏の生の寿命を考えてのこともあるかもしれない。

現在、「日本心中 9.11-8.15」という新作がポレポレ東中野で上映してます。9.11以後の日本美術の根拠を探る映画だそうです。
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by barubuhutatabi | 2006-10-28 12:35


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