六ヶ所村ラプソディー

この映画は、とにかく観てほしい。鎌仲ひとみ監督で、ポレポレ東中野でモーニングショーが終わって、すぐにアンコール上映が決まった。たぶん来年の春先にまた上映されるのだろう。
一番観て欲しいのは、日本の農家の人たち、漁業の人たちに観てもらいたい。そして、中学、高校生と若い人にもこれから何を選択していくのかをじっくりと考えていくべきかを考えるきっかけを与えてくれると思う。一見すると、鎌仲ひとみのスタイルはテレビドキュメンタリーという手法からそれほどかけ離れていないのに、なぜこんなに核心的なテーマに触れることができるのか?それは、状況をしっかりと把握していることだと思う。
これから、どう汚染されていくのか。汚染される土地に住む人はどういう人たちなのか。世界の核施設はどういう状況なのか。この三つが映画を通して伝わってくることだ。
 電力を売って儲ける一部の人間の為に、エネルギー問題の解決という欺瞞のもとに金儲けができる法律、制度をつくってきた一部の人間のために日本の国土が100万年単位で汚染されていく。金儲けできなくなるまで、汚染し続けるというシナリオはできている。もう、引き金は引かれたのだ。プルトニウムは発ガン性がウランを遙かにしのぐ量を発する。生身の人間が2秒浴びれば即死する量を100万年もの単位で放出し続ける。
 この作品によって、ジャーナリズムとドキュメンタリーの速度が一致したと思う。ドキュメンタリー映画がジャーナリズムを批判できる位置に追い越したとも思う。どれだけ欺瞞に満ちた世界になりつつあるか感じる。忍び寄る恐怖に警鈴をならすのがジャーナリズムなのに、この世界一の核大国になった日本のなかでは鳴り響くことはなかった。
 
 この作品は核燃サイクルの再処理工場がある六ヶ所村を描いている。戦後、樺太から引き上げてきた人々が開拓した地だが「むつ小河原開発」という巨大な開発が持ち上がり、自民党のアメをもった県の職員が高額で土地を購入していった。しかし、開発はやってこなかった。農家は、仕事を失った。そして、日本原燃がやってきて核燃サイクルの処理場が計画された。村人は、反対派と推進派に分かれて戦った。お金に目がくらんだ人々によって議会で承認され、核燃はやってきた。
そして、もうウラン試験を終えて、プルトニウムを取り出す作業が始まっている。放射能に汚染された廃水は、沖合三キロ地点に海底から放出される。一秒間に70トンの水を7度も上昇させて24時間、365日動き続ける。温度に敏感な魚のとっては深刻だ。
イギリスの核燃サイクルの再処理場が今年事故が起きた。工場内の汚染を改善するのに5000億円がかかるそうだ。イギリスは、再処理場を閉鎖するそうだ。フランスでは、もうとっくにプルトニウムを取り出すというリスクが高い計画から手を引いている。世界で、プルトニウムを平和利用している国はない。すべて核兵器に用いられている。なぜそこまでして日本はプルトニウムをほしがるのか?
 いずれにしても、イギリスの海ではプルトニウムが海岸から検出されている。有名だったビーチは今では誰も訪れない。このことが小さな日本で今まさに起きようとしている。
映画の中で、青森で農業を営んでる有機農業の農家がでている。工場の煙突から空気中に原子炉の一部の空気が排出されるそうだ。周辺の作物は、確実に放射能を蓄積している。
原子力発電がなくならないにしても、目的のないプルトニウムの製造だけは止めなければならない。

〈お知らせ〉 
12月2日に渋谷の勤労福祉会館で「終焉に向かう原子力」という講演会と上映会がある。
京都大学原子炉実験所から、科学ライター、慶應義塾大学の助教授、作家が集まる。

10:30~13:00まで、原発による被害を伝えるビデオ5本上映します。

講演13:30~18:00
広瀬 隆 氏 (作家)「おだやかな私がなぜ怒らなければならないのか日本に住む人よ、知性を取り戻そう」
田中三彦 氏(科学ライター)「浜岡原発が危ない」
小出裕章 氏(京都大学原子炉実験所)「六ヶ所再処理工場の運転を許した私たち」
藤田祐幸 氏(慶応義塾大学助教授)「私はなぜ反原発であるか」

2006年12月2日(土)(10:20開場) 渋谷勤労福祉会館2階第一洋室
資料代1000円(ビデオ上映を含む)
問い合わせ先 :TEL・FAX03-3739-1368
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by barubuhutatabi | 2006-10-30 00:12


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