再見・チョムスキー

「合意の捏造:チョムスキーとメディア」
(英題)「Manufacturing Consent:Noam Chomsky and the Media」
~マスメディアは政府のプロパガンダに奉仕している~
二月にユーロスペースにてロードショーの作品だ。
山形のドキュメンタリー映画祭でも1993年に上映されている。同時にチョムスキーの同題「マニュファクチャリング・コンセント」和訳で刊行される。15年近く前の作品だが、なぜ注目されているのか。以前、山形の上映会で観たことがある。

(僕が理解した範囲での概略)
言語学のアインシュタインと呼ばれた天才は、今もっとも重要な反抗者である。政府は本質的に暴力的権威であると断言する。ベトナム戦争時代から、チョムスキーは政府を非難し続けている。
本作品は、メディアと政府との関係、私たち大衆を支配するメディアの考察であリ、今の日本が追随しているアメリカ社会が掲げる民主主義への懐疑心を露わにしている。盲目な大衆ではなく行動する個人のよりどこになるよう、メッセージが込められている。そして、オルタナティブ・メディアや人々の連帯に新たな可能性を見いだしている。
チョムスキーは、思想の注入という言葉を使っている。その一つにスポーツを熱狂的に取り上げることへの問題視を示している。「大衆を政治から引き離して、政治をやりやすくするのにスポーツ、娯楽といった番組は役立っている」という。「人々は生活に疲れ、政治を身近なものにできないでいる。」とも言う。「個室でテレビに向かっていては、個人は無力であり、思想的に無防備であり、個人の思考し、行動する可能性を奪われてしまう。」とも言う。単純でなキャッチフレーズだけが、無防備な個人に届けられる。そして個人が無気力な状況で、民衆の合意は捏造されてきた。


(自分に近づけて考えてみると・・)
日本において世論の捏造は非常に深刻な問題ではないか。政党がプロパガンダを用い、イメージ戦略に乗り出している。それだけでなく、NHKに現在の安倍晋三首相(当時は官房副長官)が「従軍慰安婦」の番組の改変を迫ったという問題があった。(岩波書店刊行シリーズ:ジャーナリズムの条件4:「ジャ-ナリズムの可能性」のなかで〈アジアプレス・インターナショナル代表〉野中章弘さんが記述している)野中氏はNHKと与党・自民党の癒着を詳しく追求するべきだとしている。現在、日本は防衛省を立ち上げ、海外派兵に大々的に取り組む姿勢を示している。今後はこの路線で改憲を推し進めていく政権とどう向き合い、歯止めをかけていったらいいのか?

僕自身、最近になって、政治への問題を考えようとしている段階で、とても一人で行動するのは無理だ。だからこそ、オルタナティブ・メディアへの興味が大きくなっている。オルタナティブメディアに関わる様々な人々と交流してみたいと思う。消費されてしまう娯楽の映画ではなく、問題を提起できるような、議論のきっかけになるような作品を目指していきたい。それには見てもらう場が必要で、自主上映のような形態が有効なのではないだろうか?

鎌仲ひとみ監督の「ヒバクシャ・・世界の終わりに・・」という映画は全国の自主上映で1万人に見られている。イラクで問題になっている劣化ウラン弾への取材を契機に、アメリカの核実験の最初の場所・ハンフォードで今でも核施設の隣で暮らす人々への取材、日本の被爆者への取材を行い、三つを「ヒバクシャ」という言葉で総括して問題提起している。劣化ウランは、原子力発電にでる核廃棄物を武器に転用したものだ。アメリカの発電で使われた大量の廃棄物を武器としてイラクの大地にばらまいた。劣化ウラン弾の使用は湾岸戦争に始まり、小児性白血病が多発しており、多重癌(一度にたくさん発ガンすること)の症例も多いそうだ。
核に汚染されたハンフォードで育てられたポテトはファーストフードのフライドポテトになるべくして日本に大量に輸出されている。当事者、汚染を知っていても生活を考えてやめる訳にはいかない。アメリカ政府が、汚染は認めない限り生産することができる。原子炉は日本に50基近くあって、世界有数の核大国だ。核は爆発による被爆だけでなく、微量の放射性物質でも体内吸い込まれると被爆するという「内部被爆」に付いても紹介している。体内に入った放射性物質はDNAを傷つけ、癌などの病気になる可能性が非常に高くなるという。核の問題は、日本人にとって身近な問題だ。この映画は恐怖をあおるような映画ではない。しかし、核という問題が生活に根ざしたところにあり、深刻な問題であるにも関わらず、議論されることがほとんどないということへ警笛を鳴らしていると思う。
実際に鎌仲さんは、ニューヨークでペーパー・タイガーズTVというメディア・アクティビストが運営する集団で、じり貧になりながらも制作をした経験がある。その後、日本で帰国後、偶然阪神大震災に出くわし、ボランティア活動を続けるなかでPTSD(心的外傷ストレス障害)に関する医療記録を始めたのが、日本での本格的な映像制作のスタートだそうだ。その後、癌医療のドキュメンタリーを制作後、イラクに医療薬を運ぶ民間のボランティアグループと出会い、劣化ウラン弾の問題をテーマにドキュメンタリーを作ったという経緯がある。

オルタナティブ・メディアとして、映像だけでなくラジオや、雑誌、新聞などもある。アメリカ、カナダ、韓国では盛んなようだ。オルタナティブ・メディアは、金銭的だけでなく様々な面で苦戦を強いられる。法律や、制度を利用したり、個人の工夫で何とかやり通しいると聞く。アクティブに生きている人々に出会い、刺激を受けたいものだ。
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by barubuhutatabi | 2007-01-13 18:01 | 映画


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