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アマチュア

「アマチュア」を観た。
数週間前にDVDで観た作品だが、けっこう衝撃的だった。劇映画なのだが、もう最近は映画であればすべて学ぶべき対象になっている。一、二年前は、フィクションとノンフィクションを分けて考えていた。これは大きな間違いで、映画は結局、編集という過程で、その区別は消滅することに気づいた。(気づくのが遅すぎた!!)この映画は、ポーランドの映画で、ある工場に勤める男が8ミリフィルムのカメラを手にしたことから、悲劇のようでもあり、喜劇のような顛末を描いたものだ。すごく、身にしみて自分と照らし合わせて観てしまった。なぜなら、カメラを手にしたことで人生が変わってしまった男の物語だからだ。私も、デジタル時代の潮流においてカメラと出会い人生を転換した、元々は建築を愛する学生だった。まあそれは置いておいて・・・この映画で印象的なのはこの男が、アマチュアの映画祭で賞を取ったことがきっかけで、新妻との幸せな生活より、カメラの表現に目覚め、ベランダから道行く人々を記録するなど、カメラによる世界との関係の構築にのめり込んでいった。まあ、一度カメラに目覚めると、当たり前の話にも感じるがが、この映画は8ミリフィルムが普及し始めたころの、1970年代の個人映画制作が広がった頃の様子が、ポーランドという東欧特有の場所で描かれている。工場の記念映画を撮り始め、評価されたことで工場に特別なラボを持つまでになり、工場の障害者の日常を記録したことでテレビにも評価され、さらに16ミリでのルポルタージュをテレビから依頼されるまでになる。しかし、障害者の映画はテレビでも公開され、工場の幹部は首になった。(ポーランドの社会主義の体制が反映されているはず)しかし、工場長は決して怒るわけでなく、男を諭すように語りかけ、首にされた幹部も皮肉にも男を励ます。男は、自分を責め次回作の素材を現像せずに路上に投げ捨て感光させてしまう。妻にも捨てられ、やつれた男はおもむろにカメラを自分に向け妻が出産した日の光景を語り始めて、この映画は終わる。
 ラストシーンと、途中のシーンで感じたのは、この映画の監督が抱く、芸術映画、個人映画への危惧というモノがアマチュアというタイトルになったのではないか。正確ではないかもしれないが、そう感じた。映画は、ある部分でカメラの利便性で変革されたのかもしれない。それは過去の作品でも、証明されている。ただ、真の作家が生まれたのかと問えば多くはアマチュアのままだということではないか?
 技術的にプロで、アマチュアの精神をもてという言葉も聞く。確かに、アマチュアの精神は熱しやすいので、その熱意をカメラに反映することにもなるだろう。この映画で私が感じたアマチュアという問題提起は、きっとそういうことではなく、作家として生きると言うことへの問いかけだと思う。
 園子恩がPFFでグランプリを取った「男の花道」という8ミリ映画は、完全に個人映画だ。前半では大学のキャンパス、後半は実家を舞台にした、パフォーマンス映画というか、出来事だけを記述した映画だ。個々のシーンのつながりはほとんど感じられない。しかしこの映画には、恐ろしくなる程の映画の時間、質感を十分に感じさせる。この映画をつくった後に、スカラシップを得て作った「自転車吐息」は、「男の花道」で感じた、この映画しかもちえない雰囲気としか言いようがないモノをしっかりと、シナリオを通して映画に反映させていた。
 その後の「部屋」、「紀子の食卓」へと繋がる彼の、系譜は驚く!この、変容を問いたい!それがアマチュアという問いだと思う!
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by barubuhutatabi | 2007-07-18 20:26