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メキシコドキュメンタリー映画

~メキシコのドキュメンタリーの映画祭について数作品の報告~
「僕は・・」(SOY)
ハンガリーの脳性麻痺の人が自らの体を元に、小さい時からの脳性麻痺を克服していく教育プログラムをつくった。そのプログラムが、メキシコに持ち込まれた。そのプログラムを実践してきた少年少女を中心にしたドキュメンタリー映像である。彼らが日々実践しているプログラムを中心に紹介している。この映画は、狂信的にそのプログラムを忠実に追っていて、なんの躊躇も感じさせない構成になっていた。彼ら、彼女らが詩を書いて、普通の高校に行って読み上げるシーンにしても、何の躊躇もなく賞賛されている様子しか映っていない。それが、ドキュメンタリーといえるのかと思った。特にナレーションがないのだが、一方通行の見せ方になっていてかなり戸惑った。

「メキシコ女性刑務所/塀の中の物語」
RELATOS DESDE EL ENCIERRO
ハリスコ州プエンテ・グランデ女性刑務所にカメラが潜入した。この映画の特徴は、イメージ映像として囚人たちが檻の中で悲しい顔をしている映像が差し込まれたり、不穏な音が随所に差し込まれる。それ以外のシーンは、オーソドックスにインタビューを中心に構成されている。女性たちのそれぞれの、生い立ちや行き場のない思いをカメラを前に話す。年をとって行くことへの恐怖、家族から見放されること、鬱病の克服、刑務所の中の人間関係などが赤裸々に語られる。彼女たちは、自分という自我と刑務所という法によって二重に拘束されている。たとえ希望を今日語ったとしても、長い拘束時間の中で消えてしまう。彼女たちの話の中で見え隠れする不安そのものが、この刑務所を表している。だけど、自我の変化について少しでも語ることができる人たちは確かにいる。語ることが自分という硬直した檻を溶解していくことなのかもしれない。
監督のインタビューでの質問が絶妙なのだと思う。何気ない質問が、彼女たちをそれぞれ理解しているから出てくる質問なのだろう。何ヶ月にも渡っての取材を行ったそうだ。

「黒い牛」
TORO NEGRO
ユカタン半島に住む23歳のフェルナンド・パチェコ、地元の闘牛士として賞賛をえるべく、牛めがけて突進していく毎日だ。日本の感覚では、完全にずれてしまうほどの生活環境の違いがある。家出少年のネグロは、興行主の中年の女性と同棲している。その中年の女性には子供が二人いる。ネグロは、アル中であり、10代は薬漬けの日々だったそうだ。彼ら若い闘牛士が繰り広げる闘牛は酷い。酒を飲み女装して闘牛をしたりと、見せ物としての闘牛をやっている。とにかく、ネグロは酒を飲んではトラブルを起こす。ついには、中年の女性まで殴ってしまう。彼は、自分を抑制することを知らない。カメラは、殴り続けるネグロを止めずに回している。ついに、中年の女性から監督にネグロを止めてくれと言う言葉が出た。相当な信頼関係でこの撮影は築かれているようだ。中盤のシーンは、ネグロが中年の女性と喧嘩を繰り返して行く。追い出されそうになってものネグロは、居座り続ける。撮影スタッフとネグロの関係でこの映画はできている。喧嘩の最中でも、カメラは劇映画のように構図を恣意的にきめている。ネグロは実家に10年ぶりに顔を出す。実の母親になじられる。最後は母として怒気を含みながら、彼を励ます言葉を投げかける。殴られながらもネグロを追い出そうとしていた興行主の女性のお腹にネグロの子供がいる。奇跡的に生まれてきたカワイイ女の子がこの映画のラストを飾る。和解したのかネグロと興行主は再び一緒に住んでいるようだ。ラストカットはネグロがビールを飲みながら闘牛ヘ立ち向かう様子だ。この映画の途中は、ミュージックビデオを観ているかのような編集と音楽が差し込まれる。この映画はネグロという問題児を許容しながら、メキシコの風土をつややかに写している。

メキシコの魂を唄った男/ホセ・アルフレド・ヒメス
LA VIDEO NO VALE NADA
この映画は、メキシコが生んだ偉大な歌手であり作曲家だ。楽器も弾かなければ、音符も読めなかった。しかし、詩を書き鼻歌を歌って曲作りをしてきた。この映画は、ホセの音楽と、写真と映画の中のホセが映像の中心になっている。インタビューは、メキシコ文学者、妻、娘、息子、甥、作曲家、歌手、若いミュージシャンで構成されている。それぞれのインタビューを小分けにして、テーマごとに何度も出てくる構成になっている。さっきは違うテーマで話していた人が、同じインタビューの中で、違う主題にも触れている。そのことが、観ている側に折り重なるようにテーマが見えてくる。一つのテーマは、もう一つのテーマと無関係ではない。話とはそのように構築されていて、構成されるとちりばめられ、映画の中で統合される。オーソドックスな手法だが、亡くなった人を描く上では有効な手段だと思った。
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by barubuhutatabi | 2006-10-20 21:12 | 映画